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「歴史・文化」を訪ねる

上杉鷹山が愛した“赤湯温泉”

赤湯温泉は平成30年で開湯925年を迎えた歴史ある温泉です。

江戸時代の米沢藩9代藩主上杉鷹山が治める時代には、米沢藩主上杉家の温泉場として利用されました。

上杉鷹山が米沢から幾度も赤湯温泉を訪れたことで、殿様が入る箱湯として保護された温泉です。

 

 

 

 

また、湯治場としても繁栄し、近隣の農家の人や多くの旅人からも利用されるようになり、赤湯温泉は奥羽街道の宿場町として栄えました。

 

 

 

江戸時代後期に、“温泉番付”(温泉地を大相撲の番付に見立てて格付けしたもの)が江戸、大阪などの町民によって制作されます。そこに、「米澤赤湯の湯」として東の方、前頭2段目の10番に格付けされたことによって、赤湯温泉は広く知られるようになったと言われています。

 

 

 

江戸時代末期になり、隠居した上杉鷹山はその後も、度々赤湯温泉を訪れ、米沢藩10代藩主の上杉治広や米沢藩世子の上杉斉定(治広の養子)と共に湯治に来ていました。

 

 

 

また、上杉鷹山は愛した赤湯の美しい風景を選び、絵師の「目賀田雲川」に8か所の絵(赤湯八景)を描かせ、その絵に漢詩を添えて「丹泉八勝詩画」を制作しました。

現在、“南陽市立結城豊太郎記念館”のロビーに複製されたものが展示してあります。

 

 

 

 

上杉鷹山のように結城豊太郎氏も、常に赤湯をこよなく愛した人物です。記念館ができる時に、ふるさとを思う結城豊太郎氏の想いを「丹泉八勝詩画」の複製画と共に記念館の1階ロビーの壁画に表しました。

赤湯温泉街の近くにあるので、訪れた際は是非、立ち寄ってみてください。

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