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「歴史・文化」を訪ねる

赤湯温泉ヒストリー

赤湯温泉は、源義綱によって発見されたと伝えられています。

源義綱は、平安時代後期(1093年)、兄の義家と共に奥州統一(現在の東北地方)を目指した際に、烏帽子山に布陣しました。そこで義綱は、烏帽子山八幡宮の霊夢(草刈八幡)によるお告げを受けました。そのお告げを信じた義綱は、烏帽子山の麓を見てみることにしました。すると、こんこんと湧き出していた温泉を発見したのです。
戦で傷ついた兵士たちを温泉に入れると、たちまちのうちに傷が治りました。傷口から出た血によって温泉が真っ赤に染まったことで「赤湯」と呼ばれるようになったと言われています。

 

 

地元特産ワインで赤く染めた赤湯温泉の足湯(イベント時)

 

 

 

 

江戸時代の赤湯温泉は、烏帽子山の南麓に、およそ3か所の自然湧出の源泉がありました。上杉藩の奥座敷でもあり湯の香り漂うような町でした。

 

 

明治時代には、イギリスの女性で旅行家・探検家である「イザベラ・バード」が旅の疲れをとろうと赤湯温泉を訪れました。

この頃の赤湯温泉街は、交通の重要拠点でもあり、湯治場や遊興地として利用客が多く、三味線・琴の音などがあちらこちらから聞こえ、とても賑わっていたそうです。

しかし、バードにとってはこの賑やかさが耐え切れず、宿泊を予定していた旅館をキャンセルして、赤湯温泉街を離れたというエピソードが残っています。

(※南陽市にある日帰り温泉施設「ハイジアパーク南陽」には国内で唯一のイザベラ・バード記念コーナーがあります。バードが書いた直筆の手紙や貴重な資料、写真などが多く展示されています。)

 

ハイジアパーク南陽の「イザベラ・バード記念コーナー」

 

 

 

 

その後、大正時代にかけては、各旅館が内湯を設置しました。当時、温泉旅館は28軒あり、赤湯は小間物屋(化粧品、くし、かんざし等を販売)や雑貨屋、呉服店、飲食店などがある都市機能をもつ街でした。

 

 

 

現在の赤湯温泉は、明治時代の頃と比べて建物や町の様子は変わってしまいましたが、旅館は古くから代々受け継がれ、14軒が存在しています。

年に数回、女将さんたちによる三味線の演奏を聞くことができるので、タイムスリップをした気分になって明治大正時代に思いを馳せながら、赤湯温泉を楽しんでみてはいかがでしょうか。

 

 

※女将さんによる三味線の演奏について

【大正ロマンの夕べ】

<開催日>  4~7月、9月~12月の毎月10日

<開催時間> 20:30~21:00(30分間)

<場所>   赤湯温泉旅館内(会場は毎回違いますのでお問い合わせください。)

<参加費>  無料

※予約不要です。

気軽にお立ち寄りください。

 

【お問い合わせ】

赤湯温泉観光センター ゆーなびからころ館

<住所> 〒999-2211 山形県南陽市赤湯754-2

<TEL> 0238-43-3114

 

 

 

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